Chihiro Yasuharaが描くもの、繋げるもの
こんにちは、てならい堂スタッフの河井です。イラストレーター・Chihiro Yasuharaの、彩り溢れる瑞々しい作品。それらを目にするとき、私はいつも、絵を観ているという以上に物語を読んでいるような気持ちになります。
おじいさまの代から続くお花屋さんを営む家に生まれた、安原ちひろさん。ご両親も共働きで毎日忙しい中、買ってもらった色鉛筆やクレヨンで絵を描いて過ごすことが多かったそう。お花屋さんで働くご両親やスタッフに自分が描いた絵を見せると、みんなが一旦手を止め「上手に描けたね。」とほめてくれる。そういう日々のやりとりが嬉しくて、身近にある花や読んだ本の世界を想像して、毎日たくさんの絵を描いていたと言います。
そんな安原さんが今も多く描くのは、花のモチーフ。身近にいつも花々がある環境で育ったから、というのももちろんあるとは思いますが、彼女にとって花たちは、自分の紡ぎだす物語の主人公。その1ページを絵本のように切り取ったのが、安原さんの作品です。そこにはリアルに存在する花の形や色のみにとらわれることなく、もっと自由で色彩豊かでときに大胆な、表情豊かな花たちが存在します。
そして安原さんの作品を特徴づけているのが、“スクラッチ”という技法を用いた作風。絵の具を塗り重ねては削り、また塗り重ねる。そうすることで、濃淡や滲み、ぼかし、かすれが表現された独特の花たちが描かれていきます。それはまるで、ひとりの人間の中に生まれては消える様々な表情のようにも見えます。いま目の前にしている花の表情のその下にも、たくさんの心模様が動いている。そんな人間らしさを、そしてその人間の物語を読んでいるような感覚を、安原さんの作品から覚えます。今では彼女の作品は様々なファブリックにプリントされていますが、それらにもその風合いは忠実に再現されています。
「絵を描いていきたい。」その一心から美大の絵画科を目指した安原さんですが、合格したのはデザインテキスタイル科。そこで初めて“テキスタイル”という言葉を聞いたほど予備知識もないままに入学しました。自由課題で制作する大学後半になって、やっと「テキスタイルは楽しい。」と思えたのだそうです。卒業後はアパレルメーカーやファッションブランドで、インハウスデザイナーやアシスタントとして、直に現場で学ぶ日々を送ります。そこでは、生地それぞれの特色をより深く知り、それを最大限に引き出す工程を考え、パーツや素材のディテールにまでこだわることで、描いたデザインをどのような方法であればモノに具現化できるのかという〈作品を商品に落とし込んでいく〉ことを学んだ、と彼女は言います。
その後、あまりに多忙な生活に一旦小休止をする意味もあって会社を退職。さてこのあとどうしようかな…というタイミングで個展をやってみたらというお誘いがあり、導かれるようにイラストレーターとしての一歩がスタートしました。その個展で彼女が考えたのは、「どうやったら自分の作品を皆さんに届けられるか。」ということ。原画ももちろん気に入って欲しいけれど、もっと身近に持ち帰ってもらえるようなものがあっても良いのではないか。そう思い、作品をファブリックに落とし込んでプロダクトとして販売を始めました。
それは、まさに彼女がアパレルメーカーやファッションブランド勤務時代に学んだ〈作品を商品に落とし込んでいく〉ということ。当初興味がほとんどなく、だいぶ後になってやっと楽しさが分かってきたテキスタイルと、“絵を描く”という彼女の大好きなことが繋がった瞬間でもあります。
自分では点と点を動いてきたような人生でも、あるときふと振り返ると、全部繋がって意味あるものになっていて、今のその人がいる。そしてその人の手から、生み出された作品や商品はみんなの心を動かして、他のだれかの生活、もっと大きく言えば人生に繋がっていく。ものを作る人の話を聴くとき、私はいつもそんな“無意識の必然”のようなものを感じずにはいられません。
洛中高岡屋さんと一緒に座布団を作るワークショップで、にっぽん てならい堂が安原さんのデザインした生地を使いたかった想いもそこにあります。安原さんが生み出す美しい芸術性や、高岡屋さんの座布団に込められた日本人の精神性といったものは、カタチのないもの。それを、安原さんや高岡屋さんはプロダクトや商品として〈カタチのあるものに落とし込み〉、使う人たちの心を動かし、その人たちの生活そして暮らしを愉しくさせるからです。
安原ちひろさんの絵とファブリック、そして高岡屋さんの座布団が、ワークショップに参加する皆さんの生活に繋がっていきますように。