暮らしのコラム#25「直す人」③リノベーションを通して選択肢を増やす風雲児(後編)
リノベーション界の風雲児、福井さんに聞くインタビュー後編。
後編ではどうしてリノベーションをするのか?福井さんにとって「直す」とは?を伺ってみました。
リノベーションを始めるきっかけ
社会問題になっている空き家に、壊すだけではない一つの選択肢を与える「カリアゲ」。空き家がきれいになってオーナーさんも嬉しいし、リノベーション物件に住める入居者も嬉しいプロジェクトですが、物件を見に行って、計画を立て、施工するといった行程は一筋縄ではいかないことも多そうです。福井さんはなぜわざわざ手間のかかる作業をこなし、「使い物にならない」と思われていた古い建物を再生させるようになったのでしょうか。
「もともとは「ACME Furniture」という家具屋で、ヴィンテージ家具の買いつけとメンテナンスの業務をしていました。そのあと、実家が不動産屋だったから26のときに親の会社に入りました。賃貸管理をやりはじめたんですが、そうしたら不動産っていうのは家具の世界とまったく価値観が真逆で。家具は古いものでも、状態が良ければ同じメーカーの新しい製品よりも価値が出たりするのに、不動産は古くなればなるほど価値がどんどん下がっていく。たとえば横浜駅から歩いて帰れる距離の築3~40年のアパートに入居者があまり入らない。これは一体なんなんだろう、と思いました」
ちょうどそのころ、福井さんは「ブルースタジオ」という、日本のリノベーションの第一人者的設計事務所の本を読みます。
「古い物件に新しく価値を加えて、再生させる。そうだよな、不動産でもできるよな、と思って、リノベーションやりたいなーと」
そこから福井さんは「ルーヴィス」を立ち上げ、リノベーションの仕事を始めます。最初は予算額の小さい賃貸住宅のリノベーションをたくさん手がけたそう。
「本当はブルースタジオさんのような大規模なリノベーションとかしたいわけですよ(笑)。でも賃貸住宅だと予算は300万円、場合によってはもっと少ない。そうするとやれることは限られてきます。でも「ああこれはリノベーションだね」って思ってもらえる状態を作りたいじゃないですか。工夫していく中で、既存のものを残しながらうまく空間を作るというスタイルができてきました。仕方なく古いものが残っているんじゃなくて、堂々と残しながら新しいものを合わせていく、という」
「ルーヴィス」の施工事例が増えてくるごとに、個人のお客さんからも「ああいうリノベーションをしたい」という問い合わせが増えてきたそう。
「あれは予算の少ない賃貸仕様ですからね、一般の住宅でやるのはどうですかね、なんて言いながらやっていたんですけど、どんどん相談が増えてきて今のような感じになってきました」
賃貸住宅をたくさん手がけていなければ、今の「ルーヴィス」カラーはなかったかもしれないという福井さん。
「僕は基本的に賃貸をやるのは好きですよ。個人のお客さんの場合、住む人が目の前にいるから何をどうしたいのか共有できる。一緒に答え合わせをしていけばいい。でも賃貸は不動産会社が募集をかけて、入居者が決まるまで誰が気にいるのかわからないわけです。そのドキドキ感がいい。即入居になると「ああ、自分がやったことは正しかったな」って思うし、2ヶ月くらい決まらないと「あれは何が悪かったのかな?」と考えられるし」
その経験が「カリアゲ」にも活きていると思えば、その人気ぶりも納得です。
不動産業界は嫌いです
わざわざ家具の世界を捨てて、経験のないリノベーションの世界に飛び込んだ福井さん。不動産が好きなのかな、と思って伺うと、決してそんなことはなかったそうです。
「不動産は苦手でしたね。何が苦手って、業界の思考停止感がダメだった。過去にいろんなことがあって、それで宅建業法が厳しくなってやれることが少なくなったというのは事実。だけど、時代を経るごとにお客さんのニーズはどんどん変わっていくのに、不動産業者だけは変われない、変わらない。身動きの取りづらさに違和感というかジレンマがありました」
たしかに今でもペットが飼える物件が少ないとか、友人同士でのルームシェアが断られるとか、そういった話はよく聞きます。
「業界の中にい続けて何かやろうと思っても難しいだろうなと思ったんです。だったらもういっそのことアウトサイダーになってしまって、「うちは不動産屋じゃないけど、やってることはよっぽど不動産のためになっているんじゃない?」ということをやっていこうと思って。うちのことが不動産業界の中で話題になったり、「カリアゲ」の物件にするために管理会社を変えます、ってオーナーさんが言いだしたりして、ちょっとずつだけど変化のきっかけにでもなれたとしたら良いかなと。ただ、昔はこういうことをすごく考えていたけど、今は風通しもよくなってきたと感じるし、あまり気にならなくなってきちゃいましたね」
それでもリノベーションがつまらなくなったということは一切ないという福井さん。
「リノベーションはおもしろいですね。そう、僕がリノベーションで何をしたいのかというと、「選択肢を増やしたい」ということだと思うんです。不動産はずっと長いこと新築偏重だった。そこにリノベーションが少しづつ盛り上がってきたことはカウンターパンチ的に効いたと思うんです。当時は漠然とした不満も相まってリノベーションをやろうということになった。でももし仮に、今後リノベーション偏重みたいになって新築の選択肢が狭まってしまうなら、いっそ僕は新築をやってもいいなと思っています」
たしかに賃貸住宅でのペットやルームシェアだって、「できないことがある」ということが問題になっているわけです。
「ユーザーにとっては色んなことをフラットに選べることが一番いいと思うわけです。高いご飯を食べたいときもあれば、今日は牛丼屋に行きたいな、って思うこともある。いろいろ選びたいのが人間なのに、不動産は高額な買い物になるとはいえ、選択肢が少ない状態が続いている。それを変えたいんですよね」
これからも「選択肢を増やす」ために
リノベーションを通して問題解決をしながら選択肢を増やしてきた福井さん。これからも新しいことに挑戦していくそうです。
「一つは、宅建業の免許を取ること。「ルーヴィス」も不動産屋になります。今まで「カリアゲ」に問い合わせてくれた中で、9割のケースは費用対効果が見合わずにお断りせざるを得ませんでした。ほとんどが23区内の一戸建てです。比較的土地が広いのも多い。そういう不動産がどうなるかというと、売却して取り壊して、土地を分割してペンシルハウスが建ったりするんですよ。そこに簡単に行き着いてしまうのは辛いなーと思って。それじゃそうさせないためにはどうするかというと、うちがリノベーションしたり部屋数や建物面積を減らす減築をしたりして、庭を整備したり広げたりして、それでもう一度販売すればいいんじゃないかと。「空き家デベロッパー」みたいになって、色んなアプローチを試したいなって」
「ペンシルハウス」というのは狭い土地に建っている、三階建てで3LDKくらいのコンパクトな住宅です。そういう物件でも、都心で戸建を購入するとなるとなかなか難しいもの。ましてや庭がたっぷりあるコンパクトな住宅なんて、今では探そうと思ってもなかなか見つかりません。そういう選択だってできるようにしたいという福井さん。
「あとはオフィスをやりたいなって思っています。今はノマドとかリモートワークとかが増えてきて、働き方はどんどん変わっているけど、オフィスってまだ対応できてないと思うんです。つまりオフィスも働く人のニーズとズレてきてる。IT化、ペーパレス化とかビジネス環境の変化によって、スタッフを効率的に動かすための動線計画の優先度が低くなってきた。これからはスタバで仕事するみたいな気分で、気持ち良く仕事をすることをオフィスで味わえることが大切だと思うんです。これも今年から手がけていきたいなと」
集合住宅でも一戸建てでも設計から施工まで全て手がけることのできる、リノベーション業界から見ても珍しい会社「ルーヴィス」。住宅にしてもオフィスにしても、「居心地が悪い、じゃあ新しいものをどんどん作ろう」ではなくて、今あるものをどうにか活かして上手いことやってみよう、というのが福井さん流です。実はそのほうがコストもかからなかったりするし、「ここはどうして好きじゃないんだろう?使いにくいんだろう?」ということをユーザーもしっかり考えることができる。「直す」ということは単に「また使えるようにする」とか「カッコ良くする」とかいうだけのことではなくて、「何が問題なのか」ということにじっくりと腰を据えて取り組むことができる方法なのだと思いました。
福井さんが増やしてくれた選択肢のおかげで暮らしがずっと豊かになった人がたくさんいるし、これからも増えていくことでしょう。いろいろな枠や固定観念を飛び越えて挑戦を続ける福井さんのお仕事、ご紹介できてとても楽しかったです。
文 / 赤星友香
フリーランスのクロシェター・ライター。編み物のパターンを作りながら、文章を書く仕事をしています。心から納得できる仕事をしようとしている人たち、自分や周りの人にとってより暮らしやすい環境を作ろうとしている人たち、小さくてもおもしろいことを自分で作って発信している人たちを言葉にして伝えることで応援したいと思っています。